追悼・・・板垣 綾さん

2014年01月29日 (水)

ここに一冊の本があります。

これはお母さんが初めて作った本「貴恵のニューイングランド物語」(1990年初版)です。
1987年にお父さんとお母さんが結婚して初めて暮らしたアメリカの町、ニューハンプシャー州ハノーバー。そこでの1年半という短い生活をお母さんが「ニューイングランドからの便り」と題して月に一回日本の雑誌に連載をしていたものが一冊の本にまとめられたものです。
お母さんにとってはまさに処女作。
一人の日本人がアメリカの小さな小さな町に暮らし、日々を謳歌した奮闘記のような本。
この本の(連載時から)挿絵を描いてくださったのが板垣綾さんでした。

その綾さんが1月25日亡くなりました。ご自宅のバスルームで倒れそのままでした。
あまりに突然のそしてあまりに悲しい知らせでした。
数日前綾さんからは新年の挨拶状が届いたばかり。そこには相変わらず元気で毎日の生活を楽しんでいることがたくさん綴られていました。
元気!元気!元気!これが綾さんでした。ですからその綾さんがこんなにあっという間にいなくなってしまったなんてお父さんにもお母さんにも考えられないようです。


ハノーバーはアメリカ東海岸、ボストンの北に位置するニューハンプシャー州の小さな小さな人口約約9000人の町です。

町にはアイビーリーグ校の一つであるダートマス大学ありますが、メインストリートには信号がたった三つだけの本当にかわいらしい町です。
ひょんなことからアメリカでの生活が人生に舞い込んできたお母さん。
右も左もわからないこの町で、何から何まで教えてもらいお世話になったのが板垣綾さんでした。
綾さんはご主人の和彦さんとこの地に渡り3人のお子さんをもうけました。その子供たちがお母さんと同世代。
そう、綾さんと和彦さんはまさにお父さんとお母さんの「アメリカのお父さんとお母さん」なんです。
綾さんブラッシュアーティスト。筆を使って書や絵を描きます。
お母さんは綾さんの描く絵が大好きで、お母さんの処女作「ニューイングランド物語」はたってのお母さんの頼みで綾さんが挿絵を担当してくれたのだそうです。
この町を知ってる綾さんだからかそ描けるあたたかい挿絵でした。
絵の隅々にまで魂を込めた挿絵。(これは二人が住んでいた家の挿絵)

この地を訪れる日本人はそう多くはありません。
ボストンやニューヨークに転勤や留学で滞在する人から比べたらそれは微々たるものです。
そのほとんど人が綾さんに世話になったと言っても過言ではないくらい、綾さんは世話好きで面倒見の良い人でした。困っている人をほおっておけない・・・そう来る者はだれでもこばまず面倒を見てくれました。
その最たるものがお父さんとお母さんだったようです。
料理もできず、アメリカの田舎町で結婚生活を始めたお母さん。
料理上手な綾さんの家で週の大半食事をし、そして、お母さんは綾さんの書が大好きで綾さんがアメリカ人たちに教えている書道教室にも混ぜてもらってそこで綾さんから書をならっていました。
誕生日やクリスマス、なにかと言えば集まって・・・。いついってもそこには綾さんの笑顔と美味しい食事がお母さんたちを待っていてくれました。


この本が出されてから何人かの方が、「夫の仕事でハノーバーに転勤になったんですが、貴恵さんの本をガイドブックにしてあちらに行きました」という方にお母さんはであったそうです。
恐らくお母さんの知らない方たちでも綾さんにお世話になった方がきっといらっしゃるのではないでしょうか。何か綾さんにメッセージがあればどうぞオフィシャルサイトを通してご連絡ください、とお母さんが言っています。

綾さんには実はわたしも一度会ったことがあります。
2008年に日本に来られた時うちに来てくれて綾さんに会いました。
田園調布の駅をスケッチして帰ってきた綾さん。手にスケッチしていた画用紙を持っていたのですが
私がその画用紙にとびついて汚してしまった!でもその汚れた画用紙にそのままスケッチを続けてくれました。そしてその汚れに「これはジャスミンが歓迎のKissをしてくれたあと」と記してくれました。

綾さん 天国からどうぞお父さん、お母さんそして私たちを見守っていてくださいね。


これは64才で空手を始め70才で黒帯となった板垣綾さんの写真です。
どこからそのエネルギーがわき出てくるのでしょう・・・。綾さんのその行動力とパワーそして本当の優しさを私たち決してわすれません。